ピックアップアーティスト(pickup artist)、略してPUA。直訳すると「声かけの達人」で、知らない人にどう話しかけ、どうデートにこぎつけるかを研究し、その方法を売ることも多い人たちを指します。言葉の生まれはアメリカです。その背後にあるコミュニティは、人づきあいが怖い人たちが励まし合う場から、講座や本や「必ず成功する」を売る産業へ少しずつ育ち、その途中で大量の操作のテクニックを取り込みました。
いま中国語圏のネットで「PUAされた」と言うときに指しているのは、その操作のテクニックです。励まし合いの場が、どうして人をののしる言葉になったのか。年代順に見ていきます。ここでは個人の名前はあえて出しません。見たいのは、ひとつのコミュニティが一歩ずつ道を外れていく流れです。
1970〜1980年代:ベストセラーからNLPのセミナーへ
男性にナンパのしかたを教える本は、アメリカでは1970年代からありました。1970年に出たペーパーバックは、書名がそのまま『How to Pick Up Girls!』で、ベストセラーになりました。中身はほとんどが実際的なアドバイスです。どこで人と知り合うか、最初に何を言うか、断られても気にしないこと。1987年には、ハリウッドで『The Pick-up Artist』という題名の映画まで作られ、この言葉はすでに大衆文化に入っていました。
転機は1980年代の終わりです。アメリカ西海岸で、セミナーを開いてカセットテープを売り、「神経言語プログラミング」(NLP)という考え方をナンパに持ち込む人が出てきました。NLPは1970年代にカリフォルニアで生まれたもので、特定の言葉のパターンや身ぶりで相手の反応を変えられると主張します。ナンパ版のNLPはこう言いました。お金持ちになる必要も、見た目を良くする必要もない。正しいフレーズを覚えて、正しい声のトーンで言えば、相手は好意を持つ。
よく挙げられる手法は「アンカリング」と「埋め込み命令」の2つです。前者は、相手の気持ちが高まっているときにある身ぶりを合わせておくと、あとで同じ身ぶりをすればその気持ちを「呼び戻せる」というもの。後者は、普通の文の中に命令を隠し、相手の意識をすり抜けようとするものです。
問題は二重にあります。ひとつめは、成り立たないことです。ポーランドの心理学者トマシュ・ヴィトコフスキはNLPの研究データベースにある315本の文献を調べ、正式な学術誌に載った63本を選び出しました。そのうち結果が読み取れる33本で、NLPの主張を支持していたのは18.2%だけ、54.5%は支持せず、残りははっきりしませんでした。ふたつめは、もっと根本的なことです。出発点が相手の判断をすり抜けることにあるので、そのとおりに練習すると、人は手順を暗記した機械のようになります。PUAがのちに操作だと批判される理由の一部は、ここから来ています。NLPの根拠の問題を扱うレッスンではこの2つを分けて説明し、よくあるNLPの主張はNLPの恋愛テクニックは効く?でひとつずつ照らし合わせています。
1990年代:ネットの掲示板と専門用語
1990年代の半ば、ネットニュース(Usenet)にナンパ専門の掲示板が現れ、続いてさまざまなサイトやフォーラムができました。この歴史の中でいちばん見落とされやすいのがこの時期です。参加者の多くは、本当に人と話すのが怖い人たちでした。ネットで経験を交換し、外へ出て話しかけるよう励まし合い、断られたら戻ってきて報告し、なぐさめ合っていました。
この時期には本当の価値がありました。「ゆっくり話す」「自分の話ばかりしない」「断られても、あなたがダメなわけじゃない」。どれもいまでも通用するアドバイスです。自分の孤独をわかってくれる人がいると初めて感じたのが、ここだったという人もたくさんいます。
参加者は「戦果報告」を投稿し、どこへ行き、どう話しかけ、相手がどう反応したかを記録しました。振り返ること自体はいい習慣で、それで上達した人も大勢います。ところが同じころ、掲示板には人を標的として扱う言葉も育っていきました。「HB」に数字をつけて女性の見た目に点数をつける。相手の反応を「指標」と呼び、断りを「障害」と呼ぶ。人が「ターゲット」と呼ばれ、点数をつけられると、その人の意思は少しずつ話題から消えていきます。
言語学者のダリア・デイターとゾフィア・リューディガーは、掲示板、SNS、指南サイト、動画にあるナンパの文章を数百万語集めたコーパスを分析しました。この世界では専門用語が大量に使われ、ナンパを科学のように聞こえさせていること、女性とのやりとりを語るときに試合や戦争のたとえがよく使われることがわかりました。
2000年代:合宿、ベストセラーの回顧録、リアリティ番組
2000年代になると、助け合いははっきりとビジネスに変わりました。週末の「合宿」を開き、夜になるとお金を払った参加者をバーやクラブへ連れて行って実地で練習させる人が現れます。1回で千ドルを超えることも珍しくありませんでした。大都市には定期的に集まる地域の支部もできました。
この時期に生まれた言葉の多くは、いまも出回っています。たとえば、目立つ派手な服で注目を集める「ピーコック理論」や、ほめてから落とすネギングです。講座の効果を証明するために、教材は「結果」をどんどん強調するようになりました。番号をいくつ聞けたか、何人とデートできたか、どれだけ早く「落とせた」か。重心は、人と知り合うことから、結果をコントロールすることへ移っていきました。
社会学者のラン・アルモグとダニー・カプランは、この世界の自己啓発書や教材を分析し、それが恋愛を決まった手順のある流れとして描いていることを示しました。講座に通う人は自分とは違うキャラクターを演じ、手順をひとつずつクリアしていく。この流れを最後までたどると、通う人はどんどん台本を暗記しているような状態になり、向かいにいる人が何を言ったかには誰も耳を傾けなくなります。
2005年、あるジャーナリストがこの世界に潜り込んだ回顧録を書き、ベストセラーになりました。2年後には、アメリカのケーブルテレビでナンパ指導をテーマにしたリアリティ番組が始まり、この小さな世界は正式に主流に出てきました。
その回顧録には、よく見落とされる点があります。最後まで読んでも、勝利の物語にはなっていません。みんなで借りた大きな家はばらばらになり、仲間は決裂し、この世界でいちばん有名な人物までが深刻な心の危機に陥ります。コントロールしている感覚を追い求めた人たちがその後どうなったかは、PUAの末路は?でひとつの物語として書いています。
2010年代以降:隠し撮り動画、世論の反発、中国語の「PUA」
SNSや動画サイトのおかげで、このビジネスはさらに大きく、さらに露骨になりました。多くのナンパ指導が「街での実録」を売りにし、相手が知らないうちに撮影してアップロードしていました。仕込みの演出なのに本物の記録だと言い張るものもあります。見分け方はナンパ動画はやらせ?で読めます。
反発が出てきたのもこの時期です。2014年、世界を回って講座を開いていたあるナンパの指導者が、女性の体にむやみに触れるやり方を教える内容で強い抗議を受け、オーストラリアはその人のビザを取り消し、イギリスも入国を拒否しました。この文化が同意をどう考えているのか、公の場で問う人が増えていきました。
同じころ、こうした教材は翻訳され、書き換えられ、有料講座やコミュニティの形で中国語圏のネットに入っていきました。その後、大きな議論を呼んだいくつかの事件をきっかけに、中国語の「PUA」は「ナンパのテクニック」から「恋愛での心理的な支配」を指す言葉に変わり、「職場PUA」という言い方まで生まれました。この言葉がいま何を指すのかは、PUAとは?でくわしく説明しています。
この歴史が残したものは?
振り返ると、このコミュニティが最初に解決しようとした問題は本物でした。孤独な人、断られるのが怖い人、どう話しかければいいかわからない人がたくさんいた。それを乗り越えたいと思うのは、人前で発表する緊張を乗り越えたいと思うのと同じくらい普通のことです。
道を外れたのは、「自分がもっと楽に、もっと魅力的になる」という目標を、「相手を自分の台本どおりに動かす」に置き換えたところです。「必ず成功する」を売るなら、結果をコントロールできる方法を出さなければならない。そうして最後は、見下す、しつこく食い下がる、断りを障害として扱う、というところまで行き着きました。
| 残していいもの | 捨てるべきもの |
|---|---|
| 自分から話しかける、ゆっくり話す、視線を落ち着かせる | 暗記したセリフと「万能の声かけ」 |
| 相手に興味を持ち、自分の話もする | ほめてから落とす、わざと嫉妬させる |
| 断られても自分を責めない | 断りを「突破」すべき障害として扱う |
| 目標を持ち、振り返りをする練習 | 女性の見た目に点数をつけ、その数字で気分が上下する |
| 自分の意図をはっきり伝える | アンカリングや、うその口実のような遠回しの手口 |
どんな講座や指導動画を見るときも、何を教えているかはひとつの質問で判断できます。この方法は、あなた自身が落ち着き、魅力を増すことで効くのか。それとも、彼女を見下す、だます、彼女がノーと言ったあとも食い下がることで効くのか。
「こんにちは。さっき見かけて、話してみたいと思った。」
暗記した「万能の声かけ」を使い、相手の反応が冷たければ次のセリフに切り替える
「わかった。いい一日を。」と言って離れる
突破すべき障害と考え、角度を変えてもう一度試す
デートに誘いたいことを、そのまま言う
うその口実(「妹へのプレゼントを選ぶのを手伝って」)から入り、あとで話をすり替える
PUAはどこから来たのかを学ぶ無料レッスンでは、いくつかの場面でこの判断を練習します。ナンパコミュニティの起源のレッスンでは、助け合いからビジネスになるまでの流れをもっとくわしくまとめています。テクニックに頼らない声のかけ方を見たいなら、口説き文句に効果はある?を読んでください。ほかの操作の手口は危険信号のトピックページに集めています。
セルフチェック:この歴史を読み解けるか3問
1. 1990年代のナンパ掲示板で、いちばん残すべきだったものは?
2. ナンパ版NLPのアンカリングや埋め込み命令の問題は?
3. ナンパ講座が何を教えているかを判断するのに、いちばん役立つ質問は?
よくある質問
PUAのコミュニティはいまもある?
あります。形が変わっただけです。よくあるのはオンライン講座、動画チャンネル、有料コミュニティで、「恋愛コーチ」「男女の自己成長」と名乗ることも多いです。中身はまちまちで、表現のしかたや相手への敬意を本当に教えているものもあれば、昔の操作の手口に新しい名前をつけただけのものもあります。
NLPのナンパは本当に効く?
信頼できる根拠はありません。上で紹介したレビューでは、NLPの主張を支持する研究は2割に届きませんでした。それに、その手順どおりに練習すると、動きがどんどん硬くなり、相手が何を言っているのか聞こえなくなります。
「ナンパ師」とPUAは同じ?
日本語の「ナンパ師」は、街やお店で知らない人に声をかけ慣れた人を指す言葉で、pickup artistにいちばん近い言い方です。いま中国語圏のネットで「PUA」と言うと、恋愛での心理的な支配を指すことが多く、「ナンパ師」よりずっと否定的な意味になります。
ナンパを学びたいと思うのは恥ずかしい?
恥ずかしくありません。もっと楽に人と知り合いたいと思うのは、ごく普通の気持ちです。気をつけたいのは、何を学ぶかです。相手を見下す、だます、ノーと言われたあともしつこく続ける。そうしないと効かない方法なら、それが教えているのは操作です。